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日記2025-08-02 : 人間関係の「確定演出」を見分けられるようになりたい

まだ全然できていないが、これからできるようになりたいと思うことを書く。

私はコミュニケーションが言語に依存しがちで、明示的に自分に向けて発言された言語以外の経路で情報をやり取りするのが苦手だった。

  • 仕草や表情、声色から相手の意図を読み取れず、言葉を文字通りに捉えるせいで裏側にある意図を理解できない。
  • 明示的に自分に向けて発言された言語ではないので、噂話や自分に関する評判など、直接的ではない言語コミュニケーションも全く認識できない。自分の知らない場所でとんでもないことが進行していても、実際に破滅が訪れるまで何も気が付かない
  • 言語以外の経路で相手との関係性を測れないが、言葉にして尋ねる度胸もないため、適切な距離感を維持できない。近寄りすぎるリスクはわかっているため、離れすぎる傾向が強い。

これらの経験の反省として、「確定演出を見極められていない」があるのではないか、と最近思うようになった。

  • 仕草や声色など、特定の関係性を示唆する演出として現れる外形的事象をよく見れば、相手が自分をどう思っているのかはある程度推測できるのではないか
  • 相手が発言する言葉にノンバーバルな情報を重ね、さらに状況証拠を突合させて考えていけば、関係性を帰納的に理解できるのではないか
  • 逆にこちらから確定演出を出して、関係性に対する意思表示の手段として利用することができるのではないか

一般的な恋愛論では、「脈あり」や「脈なし」の単語で意味が切り出される話である。周囲の健常者は人間関係の確定演出を見極めて行動するテクニックを小学生の頃から普通に使っていた気がする。確定演出を見極められないのは、思考が言語に依存し過ぎた人間の弱点の一つに過ぎないと言えばそれまでだ。だが私にとっては重要な進展だ。

大学生の頃、ウィトゲンシュタインについて語り合った友人のことを思い出す。言語の限界が世界の限界を決定するわけではない。言語以外の領域の世界は広く、とても恐ろしい世界に思える。だが豊かであり、豊穣の大地が広がっているのを見た。私はそこに行きたい。