現実モデリング

データとかエンジニアリングとか健エミュとか

健常者エミュレータ事例集Wikiが作られるまでの話

はじめに

健常者エミュレータ事例集Wikiが作られてから一週間がたった。最初は経験談を共有してくれる人が誰一人いないのではないかと不安に思ったが、ユーザーのみなさまのおかげで今までに120近い経験談が共有され、管理人は驚きと歓喜と感謝の感情のカクテルに飲み込まれている。三つの感情それぞれを個別に感じることはあったものの、同時に感じたことはなく、未曽有の不思議な感覚を体験しているが、経験談を投稿してくれたり、掲示板でより良い運営方法を提案してくれたユーザーのみなさんに感謝したい。

healthy-person-emulator.memo.wiki

さて、公開から一週間経ったので、このWikiが設立された背景を今一度まとめてみたいと思う。現段階で記録と記憶を整理して今後の基盤とするのが当記事の目的だ。最終的にこのWikiが公開停止になれば、「かつてネット上で少々変わった取り組みがあったんだよ」という思い出になる。続いていくとすれば、礎となるだろう。停止になるか続くかは現段階ではわからないし、乱数で決まる未来のことは考えてもしょうがないのだから、せめて記録を付けるだけでもしようというわけだ。

「健常者エミュレータ」の概念

まずは「健常者エミュレータ」という概念がどうやって生まれてきたかについて書こうと思う。Google検索してみると「健常者エミュレータ」という概念自体は以前から存在していたことがわかる。例えば、こちらのブログは2018年3月に書かれたものだが、「健常者エミュレータ」という言葉が登場している。このブログの中では「健常者エミュレータ」は発達障害者が健常者を模倣する際に使う思考装置として定義されているようだ。

simasimakyoh.blogspot.com

Twitterで「健常者エミュレータ until:2022-2-28」と調べてみても同じことがいえる。数多くあるためすべてを引用することはできないが、例えば2018年3月のツイートにはこのようなものがある。

 

カンがいい人は気づいただろうが、「健常者エミュレータ」はコンピュータ技術の「エミュレータ」や「仮想化」のアナロジーだ。筆者は「エミュレータ」と聞くとゲーム機をPC上で動かすエミュレータが思い浮かぶ。例えば、PCでプレイステーション2が遊べる「PCSX2」や、名前は忘れてしまったがゲームボーイアドバンスエミュレータなどだ。また、コンピュータでよく遊んでいる人やエンジニアの人、コンピュータサイエンスを学んでいる人は「仮想化」を思い出すだろう。自分の人格をホストOSに、エミュレータをゲストOSに見立て、ホストOS上(自分の本体の人格)上でゲストOS(作られた健常者の人格)を実行するというわけだ。肉体をハードウェア、人格をオペレーティングシステムに見立てている。

つまり、「健常者エミュレータ」という概念は以前から存在していた。しかし、まだ知る人ぞ知るネットミームに過ぎなかった。理論的な精緻さに欠け、実装が容易ではないと筆者は思ったため、このブログを書いた。2021年6月のことである。

contradiction29.hatenablog.com

健常者エミュレータの弱点

健常者エミュレータの致命的な弱点は計算量が大きいことだ。健常者っぽいものの考え方を模倣することはできないことではないが、意識的に行い続けることは脳内の思考資源を大量に使ってメチャクチャ疲れるし、反応が遅すぎて実用に耐えない場合もある。筆者が健常者エミュレータを本格実装したのは就職活動がきっかけだったが、健常者エミュレータをフル稼働させて面接をした日は疲れすぎてベッドから全く動けなくなる日も多かった。

しかし、弱点を克服する方法は存在している。一つは技術を用いること、もう一つは経験則に基づく解法を構築することだ。

「技術を用いる」とは、例えばSiriを活用してリマインダーを設定したり、Google カレンダーで予定を管理したり、Pythonで書いたコードをAWS Lambdaで定期的に実行して定型タスクを自動化したりすることを通じて、「予定を忘れない」や「遅刻をしない」などといった行動をできるようにすることだ。すべてを自分の脳内で実行する必要はない。今はITが普及してスマホ普及率が9割を超えた時代だ、使わない手はない。テクノロジーは使い方さえ身に着けてしまえば強力な味方になってくれる。人間ではないのだから私情を挟むことはないし、コンパイルエラーを起こすことはあってもコミュニケーションに失敗することもない。以下の記事とコメント欄は示唆に富んでいる。

healthy-person-emulator.memo.wiki

事例集をつくろう

健常者エミュレータ実装の弱点を克服する二つ目の方法は「経験則に基づく解法を構築すること」なわけだが、言うは易し、行うは難しである。人間は基本的に分身できないのだから自分は独りしかおらず、経験の幅は限られてくる。SFでおなじみの集合的自我を構築できるエスパー種族でもないし、攻殻機動隊みたいな電脳化技術はまだ実現されていないのだから、相手の脳にダイレクトアタックして経験を伝えることもできない。なんと不便な種族だろう。

そういうわけで解決策を探していたのだが、「ネット上で事例集を構築すればいいのではないか」という考えに至った。当初は「GitHubで世界のネタバレを集積しよう」と主張していたらしい。

 

実際に構築することなく、年をまたいで2022年の2月になった。ある日、Twiiterのスペース上で健常者エミュレータの弱点の話をしていたら、ある方から「事例集を構築したらいいんじゃないか」と言われた。

問題なのはどのように構築するかだった。当初のアイデアGitHubでのドキュメント化だったわけだが、GitHubの利用にはGitHubアカウントが必要だし、Git用語(プルリクエスト、マージ、レポジトリ....おお、Gitよ!)は使ったことがない人にとってなじみがない。事例集の成否はいかにしてユーザーに投稿してもらうかにかかっているのだから、GitHubは手段として適さないということになった。じゃあWikiでいくかということになった。いろいろ調べてみるとSeesaa Wikiというのが良さそうだ。そしてとりあえず寝て気分を落ち着けた後実際に作り、今に至る。

 

おわりに

最近気づいたが、程度の差はあっても人はみな健常者エミュレータを働かせて生きているらしい。コミュニケーションがすごく得意な(と筆者は思っていた)友人に健常者エミュレータの話をしたら「俺もそういうのは考えてるよ」と言っていた。エミュレータを意識的にフル稼働させなければ会話できない人、無意識で稼働できてしまう人など、いろいろな人がいるようだ。

「健常者」は経済学における「競争均衡」のような概念で、理論上想定されたモデルにすぎない。純粋な健常者などどこにもいないのだということははっきりさせておきたい。総理大臣だろうが大統領だろうが、誰もがどこか異常性を秘めており、完全な異常者もいなければ完全な健常者も存在しない。二つ以上の顔を持つのは自然なことだ。筆者のバイト先の上司は技術者としては素晴らしい人で、あらゆる困難を快刀乱麻の鮮やかさで解決して見せる姿には惚れ惚れしたが、管理職としては最悪の人間でコミュニケーション能力が破綻しており、全職員からプレデターみたいに嫌われていた。ある一面では健常者なのに、別の一面では完全な異常者だった。健常者と異常者は二項対立的な概念ではなく、相互に絡み合った概念であり、時に同じコインの裏表のような関係になることだってある。

だがそれでも、意思疎通を図るために最低限必要な約束事やルール、守ったほうが良いことは存在しており、それらの規則は所属しているコミュニティやTPOに依存している。すべての解は状況や文脈に依存的であり、あらゆる状況において有効な解は存在しないし、求めるべきでもない。だからこそ、集団で知見を蓄積することが必要だ。なるべく多くの、たくさんの状況における知見を蓄積し、ドキュメント化して誰でも見れるようにすれば、救われる人もいるかもしれない。自分の経験なんてと思うかもしれないが、まずは投稿してみてほしい。匿名だから大丈夫(プロバイダ責任制限法に引っかからなければ)。ウケ狙い投稿でも大歓迎だ。動機などどうでもよい。

健常者エミュレータ事例集Wikiに投稿する方法はトップページの「新規ページの作成手順」に載っている。遵守事項や禁則事項はすべてガイドラインに整理してあるから、投稿する際は参照してほしい。トップページ下部のFAQも参考になるかもしれない。

healthy-person-emulator.memo.wiki

healthy-person-emulator.memo.wiki